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松浦綜合法律事務所

医療法人の役員はどのような責任を負いますか?

医療法人の役員である理事や理事長、監事は、その職務執行に関し医療法人に対する善管注意義務を負います。役員が善管注意義務に違反したことにより医療法人に損害が生じた場合には、役員は医療法人に対して損害賠償責任を負います。

1.医療法人の機関
医療法人のもっとも一般的な形態である医療法人社団においては、医療法に基づき、出資者である社員で構成される社員総会・理事会などの機関、理事・監事・理事長といった役員を設置する必要があります。
(1)社員
医療法人における社員とは、日常的な用語法である従業員を意味する「社員」ではなく、株式会社における株主に相当する者であり、最高意思決定機関である社員総会において1人につき1個の議決権を有します。社員となれるのは個人(自然人)だけであり、会社などの法人が社員となることはできません。もっとも、社員は必ずしも医師又は歯科医師である必要はありません。
社員は後で説明する社員総会の構成員として医療法人の最高意思決定機関の一員となることから、実務上は安定的な医療法人の運営のために理事長の親戚など近しい立場の人が社員となることが比較的多いとされています。ただし、医療法人のうち社会医療法人については社員に占める親族の人数について制限があります。
なお、株式会社などの営利法人が医療法人に出資等により財産を提供すること自体は可能です。ただし、営利法人は社員となることはできず、社員総会における議決権を行使することや役員となることができないこととされています(平成3.1.17指第1号東京弁護士会会長宛 厚生省健康政策局指導課長回答)。これは、医療法上、医療法人が開設する病院や診療所について営利性が否定されていることに基づくものです。

(2)社員総会
社員総会とは社員によって構成される社員総会であり、株式会社における株主総会に相当する医療法人の最高意思決定機関です。このことからもわかるように、社員総会では医療法人社団の運営に関する重要事項が決議されます。

(3)理事
社団医療法人の理事は社員総会によって選出される役員であり、株式会社における取締役に相当します。理事は原則として3名以上の設置が必要です。
また、理事の中から1人の理事長を選定します。理事長は医療法人を代表する者でありいわば株式会社の代表取締役に相当します。理事長は、原則として医師又は歯科医師であることが必要とされています。理事長以外の理事は、医師又は歯科医師である必要はありませんが、医療法人における重要な立場であることにかんがみ、社員と同様に理事長の親族など近しい関係の人が就任することが多いといわれています。このため、実務上、理事は社員と同一人物が就任することも多いのですが、社員と理事は法律上あくまでも別の立場ですので必ずしも同じ人を選出する必要はありません。また、医療法人のうち社会医療法人については役員に占める親族の人数について制限があります。

(4)理事会
理事会は、医療法人の理事により構成される会議体であり株式会社における取締役会に相当するものです。理事会では、医療法人の業務執行に関する意思決定のほか理事長の選出や解職なども決議されます。

(5)監事
監事は、医療法人の業務執行が適正に行われているかを監査する立場であり株式会社における監査役に相当します。監事は理事会をはじめとする医療法人の重要な会議に出席し、理事等の職務執行の状況を聴取し重要な決算書類等を閲覧することにより、医療法人の事業報告書、財団目録、貸借対照表・損益計算書の監査を行います。また、理事の職務執行において不正行為や法令・定款に違反する行為が無いかについても監事による監査の対象となります。
監事による監査の結果、不正行為等が発見された場合、監事は都道府県知事又は社員総会等に報告する義務があります。したがって、監事は医療法人の運営をチェックする重要な役割を担うこととなります。このため、監事は医療法人の理事や従業員との兼務はできないこととされています。

2.役員が負う法的責任
(1)役員が医療法人に対して負う責任
理事・理事長及び監事は医療法人の役員にあたります。役員と医療法人の関係は民法上の委任関係です。すなわち、医療法人は役員に対して一定の職務執行を委任しているという関係です。この場合、役員は医療法人に対して善良な管理者の注意をもって職務執行にあたる義務(善管注意義務)を負います。
善管注意義務として役員が負う義務の程度としては、その職業や地位等に応じて決定されるものですが、医療法人を運営する責任ある立場の者として高度の注意義務が課せられていると考えるべきです。
当然ながら医療法人の運営においては理事や理事長などに相当の裁量が認められていますが、その運営に関する理事等の判断は独善的なものであってはならず、第三者の目からみてある程度合理的であることは求められます。

(2)役員が第三者に対して負う責任
医療法人の役員の職務執行が原因で第三者に損害が生じた場合には、役員個人がその第三者に対して損害賠償責任を負うことがあります。ただし、役員個人が第三者に損害賠償責任を負うのは役員に悪意又は重大な過失がある場合に限られます(なお、ここでいう悪意とは故意に近い意味であり、日常用語としての「悪意」とは異なります)。したがって、軽度の過失による損害に関しては役員個人が責任を負うものではありません。

(3)医療法人の役員となる場合の注意点
医療法人の理事は、前述のとおり理事長の親戚などが名目的に就任している例があります。このような場合でも、理事である以上は運営に関する責任を問われる可能性があることに注意が必要です。
平成28年(2016年)の医療法改正前までは、医療法人の役員が第三者や医療法人に対して負う責任は明確に規定されていませんでしたが、この時期においても医療法人の理事長の責任を認めた裁判例があります(東京地裁平成27年3月27日判決)。
この裁判例では、医療法人社団が高齢者に対して医療機関債を販売した詐欺事件において、理事長は医療機関債の発行が違法であることを知りつつ積極的に加担したわけではないものの共犯関係にある第三者の説明を軽信して医療機関債の発行を中止する措置を行わなかった過失があるとして、理事長が不法行為責任を負うと判断されました。
この事案で理事長は医療機関債の発行が適法であると一応は信じていたとされていますが、実際には医療機関債の発行に関して東京都の立入検査を受けており違法性に気付くべき契機があったことも裁判所は重視したと考えられます。また、医療機関債の販売について中止勧告を受けた後も、理事長は具体的にどのような対策を講じたかや医療法人内で販売中止が徹底されているかについての確認を積極的にしていません。
この事案で医療機関債の販売による詐欺行為を主導したのは外部の第三者です。したがって、一見すると理事長は第三者の犯罪行為に利用されただけであるように思われるかもしれません。しかし、そもそも医療機関債は医療法人の理事長の承諾なしには販売できないものです。そうだとすれば、理事長は医療機関債の販売による詐欺行為を止められる立場にあったにも関わらず第三者に言われるがまま販売を続けて高齢者に詐欺被害をもたらしたのであり、重い責任を問われることは当然といえるでしょう。

3.おわりに
医療法人について定める医療法は平成28年(2016年)に改正法が施行されています。主に、医療法人のガバナンスを強化する目的の改正であり、今後も法改正を通じて医療法人の理事をはじめとする役員や理事会や社員総会などの機関の負う責任は重くなっていく可能性があります。したがって、医療法人を運営する際にこれまで通りのやり方が通用しなくなる場面が増えていく可能性がありますので、医療法などの改正動向は注視しておく必要があります。